その下りをつけたメッセージを目に耳にすることがある
僕は嫌い
何故ならその時点で自分を客観させる言葉だから
自分は自分でしかなく
自分をプロデュースするものじゃない
芯から自分なのだから
それよりも
自分を見るより他人を見るべきだ
僕はそう思う
せめて自分だけは自分を信じて、愛して、好きになって
ちがう
他人を信じて、愛して、好きになって
そうじゃなきゃ淋しすぎる言葉
裏切られた 騙された経験がないからだと言葉があっても
ちがうものはちがう
成り立たない
せめて自分を信じて、愛して、好きになる力を他人にぶつけるべき
そのうち
せめて、などという言葉は消える
僕はそう思う
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